本記事の内容
・前半 日本の食料自給率いつて
・後半 飢饉の歴史について
あなたも日常何気なくこんな会話をしていませんか?
「今日、何食べる?」こんな会話ができるのは地球上では、3~4割の人たちだけです。
残りの7~6割の人たちは、その日食べるものにありつけるだけ幸せのようです。
美味しい、おいしくないなど問題にもならないじです。
現在日本は、とても豊かな国でいつでも好きなもの美味しいものが食べられますが歴史から見るとわずか100年くらいのことです。
日本でも何度も飢饉に襲われ特に江戸時代の天明の大飢饉では、国民の3人に1人が餓死したといわれています。
この記事では、日本の飢饉の歴史、現在の食料自給率について解説します。
そして食べ物の大切さを学びたいと思います。
日本の食料自給率の現状
日本の食料自給率はカロリーベースで37%(令和2年度)です。
63%は、輸入に頼っています!
もし、世界的な天候不順やイレギュラーなことが起こり輸入が激減する事態になったら・・・・・・
私の周りには、農業を営んでいる方がたくさんいますが農業政策をしっかりやらねばと思います。
主要先進国の中で日本の食料自給率は最も低いです。
カナダ | 258% |
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フランス | 129% |
アメリカ | 127% |
イギリス | 72% |
日本 | 39% |
お米の自給率は、100%とといわれていますが注意が必要です。
お米の自給率は、100%ですがお米を作るための肥料、農機具の燃料は、輸入に頼っています。
北海道の食料自給率
北海道の食料自給率は、全国トップクラスの198%あります!
広い土地と寒暖の差を息して農業が盛んですし海に囲まれているので水産物にも恵まれています。
また酪農、豚の産地でもあります。
ただ、先にも説明しましたが肥料、家畜の餌料、農機具・船などを動かす燃料の多くは、輸入に頼っています。
日本の飢饉の歴史
日本における飢饉は、昭和時代までに大小およそ500回もの記録があるとされています。
主な飢饉の一覧
養和の大飢饉 | 平安時代(1181年)干ばつの影響で農産物の収穫量が激減して西日本が大飢饉に襲われる |
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寛喜の大飢饉 | 鎌倉時代(1231年)前年夏の冷夏による影響で飢餓に襲われる。約9年続いたと思われ「天下の人種三分を一失す」といわれた。 |
鎌倉の飢饉 | 鎌倉時代(1428年)武家のおひざ元鎌倉では2万人の餓死者が出たと『神明鏡』に記されている。 |
寛正の大飢饉 | 室町時代(1461年)中世最大の飢饉といわれ2年間にわたり日本全国を襲った大飢饉。 |
亨保の飢饉 | 江戸時代 (1732年)江戸時代中期に起こった飢饉。江戸3大飢饉の一つに数えられる。 |
宝暦の飢饉 | 江戸時代(1756年)宝暦5年から翌年にかけて、東北地方から北関東まで被害がおよんだ飢饉。 |
天明の大飢饉 | 江戸時代(1783年)異常気象、浅間山の噴火などが原因となり約6年続いた飢饉。江戸時代最悪と言われている。 |
江戸時代になぜ飢饉が多く発生したのか
江戸時代には大小数々の飢饉がありました。
その中でも3大飢饉といわれる大飢饉がありましたが、特に天明の大飢饉は、6年間も続き国民の3人に1人が餓死する大惨事となりました。
江戸時代は間氷河期
江戸時代は、世界的に間氷河期にあたり作物は、思うように育ちませんでした。
*間氷河期とは、氷河期と氷河期の間で小氷河期ともミニ氷河期ともいわれています。
フランスもこの時期食糧難が原因となりフランス革命が起こっています。
そこにわずかの天候不順が起きればたちどころに飢饉が発生します。
特に江戸時代中期頃は非常に寒く冬には隅田川が凍ったこともあったようです。
幕府の大名統制・大名の失政
江戸幕府は、大名に経済力がつかないように様々な財政負担をさせました。
その結果多くの大名の過酷な年貢の取り立てを行い農民は、普段から全く余力がなかったです。
当時の税率は5公5民といい50%が年貢という名の税金でしたが・・・
農民の半数近くが土地を持たない小作人でした。
どういうことかといいますと小作人は、50%の年貢プラスα30%の小作料を地主に納めなければなりません。
つまり収入の80%が取り上げられるんです!!!
残った20%で来年のもみだねを準備しなければなりません。
まさに米を作る農民がコメを食べられない!
当時は、米本位といいコメが経済の中心でした。
武士の給料は、コメでした。
そのため農民に高く売買できる品種の米を作らせました。
このようなコメは、冷害に非常に弱い品種です。
また、江戸での資金調達のため今でいう飢餓輸出のようなことまで行っていました。
飢餓輸出といっても外国ではなく江戸にです。
たとえ領内に食料がなくてもコメを江戸に廻米したそうです。
この辺は話始めるとかなり長くなりますので今回は、割愛します。
ただ幕府も地方もこのような政治を行っていれば間氷河期の時代飢饉が起こらないわけがないと思います。
まとめ
今回の記事は、かなり真面目に書きましたがどうでしたか?
日本の歴史で飢饉は、何度もあり今の飽食はわずか100年前後のことで、今も多くの食量を海外からの輸入に頼っています。
好きなもの、おいしいものがいつでも食べられることは、当たり前でなく幸せなことと感謝してこれからも食べ物を粗末にしないように心がけたいと思います。
江戸時代に間氷河期があったとは知りませんでした。近年は温暖化のせいかオカシナ天候がばかりです。今年は特に天候不順すぎです(T_T)
もりちゃんさんコメントありがとうございます。地球の歴史では、大半が氷河期と間氷河期のようです。現在は、つかの間の暖かい状態のようです。
我が家はダイットの為、食材は必要な分だけ買ってました。
この記事を読み改めて、食べ物の有り難みを感じました♪生産者の方には感謝ですね!